【おうちギャラリー Gallery art home】
第3日目
今日はそもそも、
自分が今のように毎日絵を描き出すきっかけとなった作品をご紹介します。
2011年、東日本大震災があった年です。
ボランティアで被災地を訪れた私はその光景に言葉を失いました。
次の日が大潮を迎えるということで、自衛隊員が横一列になって長い棒を持って遺体を探す、
そんな姿も目にしたのでした
。自然の前にあまりにも人間は無力だと思いました。
家に戻ってからその景色に色を載せることができず
モノクロームの墨で初めて、墨絵を書いてみたのです。
その絵が仕上がったタイミングに現水展の公募があり、
ダメ元で出品したのがこの絵
とうが立っておりますが新人賞をいただきました。
ISHINOMAKI 2011.4.2

このブログでもすでに紹介させていただきましたが。
その後ご縁があって私の墨絵で襖絵などを注文してくださる方と出会い、
ほぼ毎日絵筆をとるようになりました。
別にずっと、ご注文いただいたり
絵が売れ続けているわけではありませんが・・とほほ
こちらももうご紹介の「タナトスの羽音は聞こえず」
2018年に現水展で東京都知事賞をいただきました。

最後はまた少しさかのぼって古い作品。
福島第一原発の事故をうけて自然の前での人間の力の限界とか、
移ろいゆくものとか・・その時の思いを表現してみました。
自分にとって、廃墟、工場風景も心惹かれるモチーフなのです。
FUJI-3

第3日目
今日はそもそも、
自分が今のように毎日絵を描き出すきっかけとなった作品をご紹介します。
2011年、東日本大震災があった年です。
ボランティアで被災地を訪れた私はその光景に言葉を失いました。
次の日が大潮を迎えるということで、自衛隊員が横一列になって長い棒を持って遺体を探す、
そんな姿も目にしたのでした
。自然の前にあまりにも人間は無力だと思いました。
家に戻ってからその景色に色を載せることができず
モノクロームの墨で初めて、墨絵を書いてみたのです。
その絵が仕上がったタイミングに現水展の公募があり、
ダメ元で出品したのがこの絵
とうが立っておりますが新人賞をいただきました。
ISHINOMAKI 2011.4.2

このブログでもすでに紹介させていただきましたが。
その後ご縁があって私の墨絵で襖絵などを注文してくださる方と出会い、
ほぼ毎日絵筆をとるようになりました。
別にずっと、ご注文いただいたり
絵が売れ続けているわけではありませんが・・とほほ
こちらももうご紹介の「タナトスの羽音は聞こえず」
2018年に現水展で東京都知事賞をいただきました。

最後はまた少しさかのぼって古い作品。
福島第一原発の事故をうけて自然の前での人間の力の限界とか、
移ろいゆくものとか・・その時の思いを表現してみました。
自分にとって、廃墟、工場風景も心惹かれるモチーフなのです。
FUJI-3

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